くしかわ姫(9)
寂しい日々が過ぎて行った。
姫君は櫛を肌身離さず持ち、ときには、そっと櫛に語りかけていた。
ある夜、満月が山の上にのぼった頃、姫君は橋の上にたたずんでいた。月が川面にゆらめいていた。じっと川を見つめる姫君の目にとつぜん若君の姿が映った。苦しげに手をさしのべている。
「若君!」
思わずさけんで身を乗り出したとき、髪にさした櫛がはらりと落ちていった。
「あっ、櫛が!」
姫は狂ったように川の中にはいっていったが、櫛は影も形もなかった。
川のせせらぎがひときわ大きく音をたてて流れていった。

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