もった  いせき 
  桜山・沼間丘陵の遺跡 持 田 遺 跡
 桜山持田台地(イトーピア住宅地入り口付近)より沼間小学校付近の台山、大久保台、菅ヶ谷、元木山(東逗子住宅団地)とつらなる逗子南部の丘陵地帯からは、たくさんの古代の遺跡が発掘されています。
 発掘の結果、日当たりがよく広々とした持田台地には弥生〜古墳時代の大きな集落があったことが分かりました谷田(谷戸を開墾してたんぼにすること)を作り稲作中心の生活をしていたことも、米の貯蔵に使用されたと思われる大型の壷形土器の出土が物語ってくれます。
 他に古墳時代の青い石で作った管玉等の多数の装飾品が出土しています。ことに碧玉岩の石釧(石うでわ)は関東では珍しいものです。この石釧は、当時ここを支配した人が腕につけたものと考えられます。持田台地に続く沼間小学校裏の台山や大久保台からも住居址がたくさん発掘されています。
逗子市青少年会館近くの持田遺跡の碑 持田遺跡復元模型(部分) 蘆花記念公園郷土資料館内
 五霊神社裏山やポンプ場裏山そして平成12年に発掘された地蔵山遺跡には古墳時代〜奈良時代の住居址がありました。住居址から土器や須恵器(高温で焼いた器で三浦半島では作っていませんでした)がたくさん出土しました。ここではまた非常に珍しい、古墳時代前期の土器を焼いた跡と土器を作る粘土を掘った溝が発見されています。 この台地で生活をした人々は、ここで弥生〜古墳時代の土器を大量に生産していたのです。
 弥生〜古墳時代の桜山・沼間丘陵の人々は、谷戸に田を作り、海で漁をし、山で狩りや木の実の採集をして生活をしていたことが分かります。ことに海が今の東逗子駅付近まで入り込んでいたので(古逗子湾という)、魚貝の豊かな入江を囲む小高い丘陵地には古代の村々が栄えたことでしょう。
 これらの遺跡も多くは宅地造成によって壊されてしまいました。


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