花 見 の 起 源
 大陸から日本にやってきた人達が稲作文化を伝えました。それが弥生時代の始まりです。稲作では桜は神木で、その花の咲き散る生態によって稲の豊作を占う木と信じられていました。満開の花を見上げ、神様にお供えをして、真剣に豊作を祈ったことでしょう。 
 宮中での桜の花宴は平安朝の頃から行われ、鷹狩の遠出が花見に変わったのをサクラ狩りと呼びました。東大寺その他の社寺での桜会(さくらえ)、宮中女性の花合(はなあわせ)も行われました。
 豊臣秀吉が慶長3年(1598)に催した醍醐の花見は史上もっとも豪華なものでした。
 花見が庶民の行楽になったのは江戸時代からで、上野では花見の幕が多い時には300も並んで、それ以外に衣装幕といって細引きを桜の木にかけ、それに女の小袖や男の羽織をかけるのがはやりました。
  桜が咲けば気持ちが落ち着かず花見に出かけます。桜前線をニュースに真剣に取り上げる国は珍しいようです。私達は桜に持つ特別の感情を古代から引き継いでいるのではないでしょうか。
 ひとくちメモ:桜の花といえば木花開耶姫(このはなのさくやひめ)を思い出しますが、さくやひめは
         富士山の神です。古くは逗子駅北口前の山上にも鎮座していました。その跡地にささやか
         な石祠(ほこら)が残っていましたが、昭和41年5月逗子亀岡八幡宮境内に移され合祀さ
         れています。
         木花は特にサクラの花をさしています。天孫邇邇芸命(あめのまごににぎのみこと)−穂が
         にぎにぎしく出る意−、と聖婚したヒメは火照の命(ほでりのみこと)−穂が赤らむ意−、
         火須勢理の命(ほすせりのみこと)−穂がぐんぐんせり出す意−、火遠理の命(ほおりのみ
         こと)−穂がたわわに折れ曲がる意−の3人の子供を生みました。
  桜を詠む
 桜の花の下で皆様も一句、一首詠んでください。
  先人が桜についてたくさんの句や歌を詠んでいます。
・花の雲 鐘は上野か 浅草か    松尾芭蕉
・行く方に また満月の 桜かな    中村汀女
・花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に   小野小町
・ひさかたの 光のどけき 春の日に しず心なく 花の散るらむ         紀 友則
・願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ 西行法師
・よの中に たえて桜の なかりせは 春の心は のとけからまし 在原業平朝臣
・みよしのの 山へにさける 桜花 雪かとのみそ あやまたれける  紀 友則
・清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢うひと みな美しき 与謝野晶子


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