| 発見の経緯と今後の取り組み |
| 1. 平成11年3月、葉桜住宅付近の丘陵上において、携帯電話中継所建設工事に伴 う山林伐採が行なわれているのを、同住宅地に住む考古学愛好者の東家洋之助 (とうや ようのすけ)さんが、見つけて、整地されたところで埴輪片(はにわへん)を 採集し、横須賀市博物館の大塚真正弘(おおつかまさひろ)先生の指導で逗子市教 育委員会に前方後円墳があることを通報しました。 東家さんは平成6年頃から前方後円墳であると確信していたが、決め手になるも のを探し続けていて埴輪片の発見に至ったものです。 2号墳はその後、逗子市教育委員会の報告が基で県が試掘調査して前方後円墳 と認定されました。 2. 今後も神奈川県、逗子市、葉山町が共同して国の史跡指定を目指して、種々の調 査、準備が行われますので、住民、同好者としても、この動きに協力する体制が必 要と思われます。 また、古墳は古代の人の「お墓」である故、散策する時にも、被葬者への礼儀も必 要です。 |
| ひとくちメモ 埴輪の発生についてはいろいろな説はありますが、先ず円筒型(えんとうがた)埴輪・朝顔(あさがお)型埴輪・いろいろな形象(けいしょう)埴輪などが作られ、古墳を立派に見せるために古墳の墳丘(ふんきゅう)や段築(だんちく)の周りを飾り立てた物です。2号墳の調査では壷形(つぼがた)埴輪(推定で高さ80cm、直径60cm)片が出土しています。 |
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| 壷型埴輪はこんな形です。 | 2号墳の葺石(1999年6月試掘) |
| ひとくちメモ 葺石(ふきいし)は外観を美しく立派に、また形が崩れないよう古墳の表面に石を敷き詰めたものです。長柄・桜山古墳の2号墳には三浦半島特有の鎌倉石を砕いて使ったようです。2号墳の後円部をよく見ると露出しているのが分かります。 |
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| 葺石で復元されるとこんな形? 森将軍塚古墳(長野県更埴市) [写真提供 更埴市教育委員会] |
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