逗子ゆっくり探索2 文学コース
タイトル「ほととぎす」(1時間30分〜2時間)
不如帰                                                     

 逗子の名を全国的に広めたのは、明治の文豪徳富蘆花(とくとみ ろか)が
 逗子を舞台に書いた「不如帰(ほととぎす)」です。

●徳富蘆花の小説「不如帰」のヒロイン片岡浪子(なみこ)ってどんな人?
●国木田独歩(くにきだ どっぽ)の小説の「たき火」は、どこでしたの?
●泉鏡花(いずみ きょうか)の作品は?

ハイキングコース行程

          地図

明治の文人たちと
柳屋


逗子海岸のむかし

浪子不動と高養寺

郷土資料館・
蘆花記念公園


駐車場案内1
駐車場案内2

トイレ案内1
トイレ案内2
  横須賀線開通の頃、新宿の浜と呼ばれた逗子海岸は、外国人や政治家たちの別荘が建ち並び、「青異人館・赤屋敷』などと土地の人にいわれました。
  葉山の御用邸に近いこともあり、東郷平八郎(とうごう へいはちろう)、木戸孝充(きど こういん)などの軍人や政治家が住み、「東郷橋」の名も今に残っています。
  政治家や文化人が愛用したホテルも、養神亭(ようしんてい)が明治22年(1889)、逗子ホテルが大正15年(1926)にできています。暖かで健康によいため、保養にくる人たちが多かったのです。小坪には結核を治すためのサナトリウムもでき、有名な小説家たちが何人もきていました。そうした関係でしょうか、いろいろな小説に逗子が出てくるのです。



コース一覧に戻る

逗子市商工会へのお問い合わせ、ご意見

編集発行 逗子市商工会 地域資源開発委員会
       〒249−0004 神奈川県逗子市沼間1−5−1 
       TEL 046−873−2774 FAX 046−872−2300
       E−mail zushi@k-skr.or.jp  平成12年3月マップ発行

参考文献 逗子 子ども風土記