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吾妻山・菜の花物語

吾妻山・菜の花物語

美鈴 鈴木忠明社長二宮町のシンボルである「吾妻山」は、四季折々に美しい姿を見せてくれますが、今や日本一の早咲き菜の花によって全国的に有名になりました。
毎年冬になると山頂を美しく飾る菜の花には、ある男性の隠れた苦労の物語があります。
昭和63年から20年間に渡って、吾妻山公園の維持管理に情熱を傾け続けた、(株)美鈴の鈴木忠明社長にお話を伺いました。

平成元年の初秋、公園の片隅に何気なく一つまみの菜の花の種を蒔きました。

その菜の花は、手塩をかけた甲斐がありすくすくと育ち、11月中旬頃にはぽつぽつと花を咲かせ始めました。

それが、たまたま来園した新聞記者の目にとまり、「日本一早い菜の花」という見出しで翌日の朝刊に紹介されました。
その記事を呼んだ読者が大勢来園したのですが、まだ規模が小さかったために、皆さんには期待はずれになってしまいました。

それをきっかけに発奮し、当時は荒涼として危険な斜面地であった山頂の西側を5年の歳月を費やして開墾し、植栽をしていきました。

それからは日本一の早咲き菜の花を目指して、無農薬で菜の花とコスモスを交互に栽培し、試行錯誤を重ねながら、遠来の方々にも感動される現在の姿に作り上げてきたのです。

現在では、多くのメディアに取り上げられるようになり、菜の花のシーズンだけでも13万人もの観光客が来園する吾妻山ですが、これからも鈴木さんの志を受け継ぎながら大切に守り続けていきたいと思います。

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