地 勢
平塚市は、首都50キロ圏にあたる神奈川県のほぼ中央南部に位置する商・工・農業の均衡のとれた複合都市で、東京から東海道本線を西下し、約65分のところに位置する。

市域は、相模平野の南部に位置し、約4,800mの海岸線から西北に広がる扇型をなしている。また、美しい海や緑あふれる西部丘陵など豊かな自然に恵まれている。人口25万、面積68kuの街であり、商工業者数は約1万を数える。

最近では、半世紀以上の伝統を誇る七夕まつりに加え、湘南ナンバーやJリーグ「湘南ベルマーレ」のホームタウンとして全国的な知名度も高い。

現在、新平塚市総合計画に基づき、「きらめく海、緑の丘、創造とうるおいの湘南の都市ひらつか」の将来像に向けて、心ふれあう豊かな街づくりを進めている。
◆平塚の商業
平塚は遠く江戸時代には東海道五十三次の宿駅として問屋場・見附本陣・脇本陣があり旅籠屋も多く交通・商業の拠点として栄えた。

明治時代に移り、宿場町としての本宿、物資の集散交通点としての須賀港が賑わい、商業の中心であったが、明治20年、鉄道駅の開設後は商業拠点が新宿へ移った。

戦後は、特に衣料品を中心に大きく発展を遂げ、昭和30年代の最盛期には商圏人口60万人(行政人口11万人)と推定されるほどの商業力を誇った。

しかしながら、昭和40年代後半以降、商業施設の老朽化と相まって周辺都市の商業集積の充実などにより、年々停滞色を強め商圏縮小を余儀なくされてきた。

昭和59年「中心街まちづくり計画」”サンライズひらつか21”を策定し、五ヶ年計画により三街路四モールの新しいショッピングモールを完成させた。
ショッピングモールの完成後、一時的に来街者は増加したものの周辺都市の大型商業施設の充実や郊外への大型店出店などの影響を受け、再び商業は停滞した。

平塚市は「商都ひらつかの復権」をかけ、商業を核とした街づくりを推進するために「商業活性化ビジョン策定委員会」を組織、商業振興の課題・方向性の検討を行った。
平成9年には「特定商業集積整備基本構想策定調査委員会」を設置し、事業実施地区の選定及び商業集積整備の検討を行った。

平成11年、湘南地区最大級のショッピングセンターがオープンした。

平成13年には、中心市街地の再活性化を図るため、中心市街地活性化法に基づき平塚市中心市街地活性化基本計画が平塚市により策定された。

平成14年には、この基本計画に基づき当商工会議所が湘南ひらつかTMO構想を策定した。平成15年には、湘南ひらつかTMO構想に基づき、チャレンジショップの開店、うまいものマップの作成などの活性化事業を実施した。

平成17年には湘南スターモールにイベント活動の拠点となる紅谷町まちかど広場ができ、空き店舗対策として湘南福祉センターによるつどいの広場「もこもこ」、TMOによる「手づくり食工房」がオープンした。

平成18年には、従来、商業・工業・農業・水産業が一堂に会して開催していた産業まつりが、各産業のそれぞれの専門性を活かした産業別のイベントとして変わり、商業では「ひらつか商業まつり」が開催された。

平成19年には中小商業の後継者及び起業者を対象に「平塚あきんど実践大学」を開講、平成21年には個店が逸品を打ち出すことにより、魅力的、個性的な店舗づくりを推進する「平塚逸品研究会」が開講された。

平成22年度には、逸品研究会が県内では初となる逸品フェアを各店舗で開催した。また八幡大門通りを会場に、第2回かながわ朝市サミットが開催され、3万人以上の来街者で賑わった。

平成24年度には、七夕まつりのメインストリートである湘南スターモールの商店街のアーケードが全面改修され、明るくきれいな商店街として生まれかわり、魅力ある街づくりの第一歩となった。

◆平塚の工業
平塚市の工業の歴史は古く、明治38年に旧海軍火薬廠が設置されたのが近代工業のはじまり。
大正時代には食料品・紡績・化学の工場が出来た。

昭和に入ってからは海軍火薬廠の大拡張が行われる一方、相模海軍工廠の拡張、海軍航空工廠の設置、旧日本国際航空工業(現日産車体)などの軍儒工場が建設された。

第二次世界大戦中は一大軍需工業都市となった。

戦後は戦災復興都市の指定を受け、昭和30年代以降、広大な旧海軍火薬廠跡地、東部の相模川沿岸の土地改良による工場用地の供給など、豊富な工業用地をバックボーンにして積極的な企業誘致を行った。

その結果、化学工業・金属製品製造業・一般機器器具・電気機械器具・輸送用機械器具などの工場が次々と立地した。これによって重化学工業中心の体質へと急速に展開した。特に自動車関連の工場地帯としての特色を有する工業都市として発展してきた。

昭和40年代に入ると、大規模な工業用地を確保することが困難になったことと、住工混在の解消のため、二次にわたり大神地区に工業団地を造成するとともに、東八幡工業団地を造成した。

平成5年度から、東豊田工業団地を造成しており、平成9年度に造成工事完了。さらに平成13年度には西部丘陵地域に新たな学術、研究開発拠点として五領ケ台研修・研究パークが整備された。

平成18年度には、従来、商業・工業・農業・水産業が一堂に会して開催していた産業まつりが、各産業のそれぞれの専門性を活かした産業別のイベントとして変わり、工業では産学公の連携や企業間交流によって活性化を目指した「湘南ひらつかテクノフェア」が開催された。

平成24年度には、「湘南ひらつかテクノフェア」は133の出展者(160ブース)、来場者も3日間で14,000人ものイベントに成長した。
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